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2019-08

松浦亜弥アルバム『想いあふれて』レビュー

去年前半に買って一度聴いてそのままにしていた作品。少し聴いて「お、いいんじゃないかな?」と思ったけど、そのまま放置していた作品だ。最近気になってちゃんと聴いて見たところ、非常に素晴らしい作品でちょっと吃驚させられた。以下簡単にレビューしたい。

松浦さん、『Naked Songs』→『ダブル レインボウ』→『想いあふれて』と音楽的には確実にステップ・アップしてますね。胸を張っていいんじゃないの。これで成り立っているのなら、松浦さんはこの路線で続ければいいのではないかと思う。

まず気づかされることは、『Naked Songs』や『ダブル レインボウ』で志向しながらも完全には実現しなかったアルバムのトータリティーがぐっと向上しているということ。前二作に存在した曲ごとのバラツキ感、異物感がほとんど無くなって1枚のアルバムでひとつの作品として成立しているのだ。これはハロプロ関係のアルバムにおいてはかなり画期的なことではないだろうか?(刹那的刺激を強調するつんく作品がメインのハロプロ関係作品においては、なかなかこうしたアルバムでのトータリティまで行き着かないことが多い。ヲタには無用の注釈ではあるが念のため)

本作のバック・サウンドとリリックは、AOR寄りの作風――しかも良質なそれ――でほぼ統一されており、そうしたトータリティーがアルバムを聴取するに際して、通奏低音的に心地よい安心感とグルーヴをもたらしている。その結果、耳はイメージを結ぶ統一点としての歌手松浦亜弥の声にフォーカスすることになる。

そして、問題のシンガー・松浦亜弥はもはや単なるアイドルではなく、かと言ってありきたりのディーヴァでもない、その何れも肯定も否定もしない微妙なゾーンにおいて、絶妙な佇まいを見せているように思える(僕は松浦亜弥を技巧的観点からのみ評価するのは、現在の彼女をアイドルとしてのみ評価するのと同様、決定的に間違っていると考えている)。

彼女のボーカルの特徴はこうだ。素早い立ち上がりから真っ直ぐ伸び、やや鼻にかかった儚さを湛えた高音ボーカル――しかしそのまま減衰しない控え目な力強さも併せ持っている。真っ直ぐ伸びる人も、儚いボーカルの人も珍しくはないけれど、このふたつ――ある意味では相反する特徴――を同時に備えている人は少ない。

そんな特権的なボーカルが、このアルバムでは縦横無尽に、まるでよく手入れをした1920年代の名車T型フォードのように各楽曲の展開に沿って軽快にドライブしている。ディーバ系の所謂“上手い”ボーカリストには出せない未完成さから来る儚さを持ちつつも、一方で補完の視線、未完成の美学で解釈し切るには力感と安定性がありすぎる、こうした両義性、揺らぎにこそ松浦亜弥のボーカルの魅力はあり、その特質は本作で存分に発揮されている。

かつての彼女には音量の少なさをカバーするためだと思われるが、歌い上げる際やフェイクの際に、ややもするとビブラートを多用して間を持たせようとした傾向(それはまるで技巧の低い演歌歌手のように醜怪に映った)が存在したが、現在ではそうした問題はほとんど消滅しており(ある程度音量自体が上がったこともあるし、ボーカルのダブル・トラック、コーラス・ワークなどの歌唱以外のアレンジ・ワークでも対応している)、近年の研鑽を窺わせる。

そうした欠点も消化し、アイドルの初々しさとシンガーの安定性をともに兼ね備えつつ、しかし決してどちらか一方には解消されない重層的だが軽やかさを備えた存在へと進化した松浦亜弥のボーカル――それは余人をもって代え難い輝きを放っている。

そこにさらにバック・バンドやリリックなどの音楽的世界観の良質なトータリティーも加わることによって、『想いあふれて』はグルヴィーでメロディアスなシティ・ポップスの名盤となっている。なかでも「レスキュー レスキュー」から「Fallin'」にいたる流れは非常に秀逸であり、思わず聴き入った。それは“ガール”と“ウーマン”の間の揺れ動く時間――クリスタルでアーバンと言い切るにはまだ早い――を切り取る極上のライト・メロウ・シティ・ポップスの世界だ。

本作の松浦亜弥はアイドルという偏見からも、ディーヴァという願望からも逃走するように、儚く透明な声でしなやかなメロディを紡いでいる。そんな特権的な彼女の声が描く運動の軌跡を味わうのはとてもとても幸福な時間だ。『想いあふれて』はハロー系ヲタにはもちろん、一般のポップス・ファンにも自信を持って推薦できる名作である。

本作を手にした誰もが指摘するであろう瑕瑾はアート・ワーク。屋上屋を架すまでもないね。『ダブル レインボウ』よりは進歩していると思うけど……。じっくり時間をかけて、しっかり頭を使って作ってください。

売り上げは芳しくなっかたんだっけ? しゃーないね。目先の数字に一喜一憂することはない。株屋じゃないんだし。この内容であれば、10年後、20年後には間違いなくアイドル・レア・グルーブ名盤として再評価されているはずさ。J-POPに関心のあるリスナーなら一聴して決して損はないと思う。





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vivahiko

Author:vivahiko
横浜市出身。法政大学文学部哲学科卒業。既婚。一男一女に恵まれる。かつて人文科学系/サブカル系書籍編集者にして、モーヲタ(モーニング娘。ヲタク)でした。ここでは主にハロプロを中心とするアイドル音楽批評を書き連ねてみたいかと。
twitter:http://twitter.com/vivahiko

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