つんくっぽさ(旅先メモ)
旅先でのメモ
●旅先ヘビーローテ・ミュージック
Mandre/SOLAR FIGHT
ANDROMEDA MEGA EXPRESS ORCHESTRA/TKAE OFF!
Caetano Veloso/SINGLES
松浦亜弥/想いあふれて
Buono!/Cafe Buono!
Buono!/Buono!2
この他にはビートルズやバッドフィンガーなど。松浦は前の日記に書いた曲をヘビーローテ。Buono!は、歌い出しが「ジェラス・ガイ」な「星の羊たち」がいいかな。これ、橋本淳、筒美京平コンビなのね。後は「ロックの神様」、「OVER THE RAINBOW」、「Goal」(ストリングスがイイネ!)の三曲をヘビーローテしていた。ミディアム・テンポのロック・バラードっぽいのが気分。
そこで考えたこと。
現在の松浦もBuono!もつんくっぽさがなくて良い。やりたいことがハッキリしている。
もちろんプロデュースがつんくではないからなのだが、その意味するところを考えてみた。
つんくが神曲を連発していたのは、試行錯誤していた作家としての黎明期。それは手探りでつんくなりに好みのポップスをコピーして作品を仕上げていた時期だ。外部に参照点を設けることで、つんくのコテコテ・ベタベタのキャッチーさが中和されていたように感じる。
その後、流行作家としての制作システム(と評価)が確定してからは、残念ながら品質はガタ落ちしてしまった。つんく的なるもの(表現性とシステムの両面)の誕生とともに音楽性は閉じて、何とも形容し難いつんくのベタさ(シャ乱Q時代のつんくのメイクを想起せよ)が煮詰まった作品が連発されるようになった。
つんくができなかったことはふたつある。
1 音楽性の面では不安なまま、外部に参照点をおいて作品を制作し続ける。
2 職人技に徹する。同じことを延々とやり続ける(中途半端なチャレンジを放棄する)。
優れた表現というのは、原理的に常に緊張やストレス、闘争の上にしか結実しないということだろうか。もしくは職人芸に徹しない事の凡庸さか。
いずれにせよ、記名的作家性の誕生とともに表現が閉じるというのは興味深い現象だと思う。
●旅先ヘビーローテ・ミュージック
Mandre/SOLAR FIGHT
ANDROMEDA MEGA EXPRESS ORCHESTRA/TKAE OFF!
Caetano Veloso/SINGLES
松浦亜弥/想いあふれて
Buono!/Cafe Buono!
Buono!/Buono!2
この他にはビートルズやバッドフィンガーなど。松浦は前の日記に書いた曲をヘビーローテ。Buono!は、歌い出しが「ジェラス・ガイ」な「星の羊たち」がいいかな。これ、橋本淳、筒美京平コンビなのね。後は「ロックの神様」、「OVER THE RAINBOW」、「Goal」(ストリングスがイイネ!)の三曲をヘビーローテしていた。ミディアム・テンポのロック・バラードっぽいのが気分。
そこで考えたこと。
現在の松浦もBuono!もつんくっぽさがなくて良い。やりたいことがハッキリしている。
もちろんプロデュースがつんくではないからなのだが、その意味するところを考えてみた。
つんくが神曲を連発していたのは、試行錯誤していた作家としての黎明期。それは手探りでつんくなりに好みのポップスをコピーして作品を仕上げていた時期だ。外部に参照点を設けることで、つんくのコテコテ・ベタベタのキャッチーさが中和されていたように感じる。
その後、流行作家としての制作システム(と評価)が確定してからは、残念ながら品質はガタ落ちしてしまった。つんく的なるもの(表現性とシステムの両面)の誕生とともに音楽性は閉じて、何とも形容し難いつんくのベタさ(シャ乱Q時代のつんくのメイクを想起せよ)が煮詰まった作品が連発されるようになった。
つんくができなかったことはふたつある。
1 音楽性の面では不安なまま、外部に参照点をおいて作品を制作し続ける。
2 職人技に徹する。同じことを延々とやり続ける(中途半端なチャレンジを放棄する)。
優れた表現というのは、原理的に常に緊張やストレス、闘争の上にしか結実しないということだろうか。もしくは職人芸に徹しない事の凡庸さか。
いずれにせよ、記名的作家性の誕生とともに表現が閉じるというのは興味深い現象だと思う。
松浦亜弥アルバム『想いあふれて』レビュー
去年前半に買って一度聴いてそのままにしていた作品。少し聴いて「お、いいんじゃないかな?」と思ったけど、そのまま放置していた作品だ。最近気になってちゃんと聴いて見たところ、非常に素晴らしい作品でちょっと吃驚させられた。以下簡単にレビューしたい。
松浦さん、『Naked Songs』→『ダブル レインボウ』→『想いあふれて』と音楽的には確実にステップ・アップしてますね。胸を張っていいんじゃないの。これで成り立っているのなら、松浦さんはこの路線で続ければいいのではないかと思う。
まず気づかされることは、『Naked Songs』や『ダブル レインボウ』で志向しながらも完全には実現しなかったアルバムのトータリティーがぐっと向上しているということ。前二作に存在した曲ごとのバラツキ感、異物感がほとんど無くなって1枚のアルバムでひとつの作品として成立しているのだ。これはハロプロ関係のアルバムにおいてはかなり画期的なことではないだろうか?(刹那的刺激を強調するつんく作品がメインのハロプロ関係作品においては、なかなかこうしたアルバムでのトータリティまで行き着かないことが多い。ヲタには無用の注釈ではあるが念のため)
本作のバック・サウンドとリリックは、AOR寄りの作風――しかも良質なそれ――でほぼ統一されており、そうしたトータリティーがアルバムを聴取するに際して、通奏低音的に心地よい安心感とグルーヴをもたらしている。その結果、耳はイメージを結ぶ統一点としての歌手松浦亜弥の声にフォーカスすることになる。
そして、問題のシンガー・松浦亜弥はもはや単なるアイドルではなく、かと言ってありきたりのディーヴァでもない、その何れも肯定も否定もしない微妙なゾーンにおいて、絶妙な佇まいを見せているように思える(僕は松浦亜弥を技巧的観点からのみ評価するのは、現在の彼女をアイドルとしてのみ評価するのと同様、決定的に間違っていると考えている)。
彼女のボーカルの特徴はこうだ。素早い立ち上がりから真っ直ぐ伸び、やや鼻にかかった儚さを湛えた高音ボーカル――しかしそのまま減衰しない控え目な力強さも併せ持っている。真っ直ぐ伸びる人も、儚いボーカルの人も珍しくはないけれど、このふたつ――ある意味では相反する特徴――を同時に備えている人は少ない。
そんな特権的なボーカルが、このアルバムでは縦横無尽に、まるでよく手入れをした1920年代の名車T型フォードのように各楽曲の展開に沿って軽快にドライブしている。ディーバ系の所謂“上手い”ボーカリストには出せない未完成さから来る儚さを持ちつつも、一方で補完の視線、未完成の美学で解釈し切るには力感と安定性がありすぎる、こうした両義性、揺らぎにこそ松浦亜弥のボーカルの魅力はあり、その特質は本作で存分に発揮されている。
かつての彼女には音量の少なさをカバーするためだと思われるが、歌い上げる際やフェイクの際に、ややもするとビブラートを多用して間を持たせようとした傾向(それはまるで技巧の低い演歌歌手のように醜怪に映った)が存在したが、現在ではそうした問題はほとんど消滅しており(ある程度音量自体が上がったこともあるし、ボーカルのダブル・トラック、コーラス・ワークなどの歌唱以外のアレンジ・ワークでも対応している)、近年の研鑽を窺わせる。
そうした欠点も消化し、アイドルの初々しさとシンガーの安定性をともに兼ね備えつつ、しかし決してどちらか一方には解消されない重層的だが軽やかさを備えた存在へと進化した松浦亜弥のボーカル――それは余人をもって代え難い輝きを放っている。
そこにさらにバック・バンドやリリックなどの音楽的世界観の良質なトータリティーも加わることによって、『想いあふれて』はグルヴィーでメロディアスなシティ・ポップスの名盤となっている。なかでも「レスキュー レスキュー」から「Fallin'」にいたる流れは非常に秀逸であり、思わず聴き入った。それは“ガール”と“ウーマン”の間の揺れ動く時間――クリスタルでアーバンと言い切るにはまだ早い――を切り取る極上のライト・メロウ・シティ・ポップスの世界だ。
本作の松浦亜弥はアイドルという偏見からも、ディーヴァという願望からも逃走するように、儚く透明な声でしなやかなメロディを紡いでいる。そんな特権的な彼女の声が描く運動の軌跡を味わうのはとてもとても幸福な時間だ。『想いあふれて』はハロー系ヲタにはもちろん、一般のポップス・ファンにも自信を持って推薦できる名作である。
本作を手にした誰もが指摘するであろう瑕瑾はアート・ワーク。屋上屋を架すまでもないね。『ダブル レインボウ』よりは進歩していると思うけど……。じっくり時間をかけて、しっかり頭を使って作ってください。
売り上げは芳しくなっかたんだっけ? しゃーないね。目先の数字に一喜一憂することはない。株屋じゃないんだし。この内容であれば、10年後、20年後には間違いなくアイドル・レア・グルーブ名盤として再評価されているはずさ。J-POPに関心のあるリスナーなら一聴して決して損はないと思う。
松浦さん、『Naked Songs』→『ダブル レインボウ』→『想いあふれて』と音楽的には確実にステップ・アップしてますね。胸を張っていいんじゃないの。これで成り立っているのなら、松浦さんはこの路線で続ければいいのではないかと思う。
まず気づかされることは、『Naked Songs』や『ダブル レインボウ』で志向しながらも完全には実現しなかったアルバムのトータリティーがぐっと向上しているということ。前二作に存在した曲ごとのバラツキ感、異物感がほとんど無くなって1枚のアルバムでひとつの作品として成立しているのだ。これはハロプロ関係のアルバムにおいてはかなり画期的なことではないだろうか?(刹那的刺激を強調するつんく作品がメインのハロプロ関係作品においては、なかなかこうしたアルバムでのトータリティまで行き着かないことが多い。ヲタには無用の注釈ではあるが念のため)
本作のバック・サウンドとリリックは、AOR寄りの作風――しかも良質なそれ――でほぼ統一されており、そうしたトータリティーがアルバムを聴取するに際して、通奏低音的に心地よい安心感とグルーヴをもたらしている。その結果、耳はイメージを結ぶ統一点としての歌手松浦亜弥の声にフォーカスすることになる。
そして、問題のシンガー・松浦亜弥はもはや単なるアイドルではなく、かと言ってありきたりのディーヴァでもない、その何れも肯定も否定もしない微妙なゾーンにおいて、絶妙な佇まいを見せているように思える(僕は松浦亜弥を技巧的観点からのみ評価するのは、現在の彼女をアイドルとしてのみ評価するのと同様、決定的に間違っていると考えている)。
彼女のボーカルの特徴はこうだ。素早い立ち上がりから真っ直ぐ伸び、やや鼻にかかった儚さを湛えた高音ボーカル――しかしそのまま減衰しない控え目な力強さも併せ持っている。真っ直ぐ伸びる人も、儚いボーカルの人も珍しくはないけれど、このふたつ――ある意味では相反する特徴――を同時に備えている人は少ない。
そんな特権的なボーカルが、このアルバムでは縦横無尽に、まるでよく手入れをした1920年代の名車T型フォードのように各楽曲の展開に沿って軽快にドライブしている。ディーバ系の所謂“上手い”ボーカリストには出せない未完成さから来る儚さを持ちつつも、一方で補完の視線、未完成の美学で解釈し切るには力感と安定性がありすぎる、こうした両義性、揺らぎにこそ松浦亜弥のボーカルの魅力はあり、その特質は本作で存分に発揮されている。
かつての彼女には音量の少なさをカバーするためだと思われるが、歌い上げる際やフェイクの際に、ややもするとビブラートを多用して間を持たせようとした傾向(それはまるで技巧の低い演歌歌手のように醜怪に映った)が存在したが、現在ではそうした問題はほとんど消滅しており(ある程度音量自体が上がったこともあるし、ボーカルのダブル・トラック、コーラス・ワークなどの歌唱以外のアレンジ・ワークでも対応している)、近年の研鑽を窺わせる。
そうした欠点も消化し、アイドルの初々しさとシンガーの安定性をともに兼ね備えつつ、しかし決してどちらか一方には解消されない重層的だが軽やかさを備えた存在へと進化した松浦亜弥のボーカル――それは余人をもって代え難い輝きを放っている。
そこにさらにバック・バンドやリリックなどの音楽的世界観の良質なトータリティーも加わることによって、『想いあふれて』はグルヴィーでメロディアスなシティ・ポップスの名盤となっている。なかでも「レスキュー レスキュー」から「Fallin'」にいたる流れは非常に秀逸であり、思わず聴き入った。それは“ガール”と“ウーマン”の間の揺れ動く時間――クリスタルでアーバンと言い切るにはまだ早い――を切り取る極上のライト・メロウ・シティ・ポップスの世界だ。
本作の松浦亜弥はアイドルという偏見からも、ディーヴァという願望からも逃走するように、儚く透明な声でしなやかなメロディを紡いでいる。そんな特権的な彼女の声が描く運動の軌跡を味わうのはとてもとても幸福な時間だ。『想いあふれて』はハロー系ヲタにはもちろん、一般のポップス・ファンにも自信を持って推薦できる名作である。
本作を手にした誰もが指摘するであろう瑕瑾はアート・ワーク。屋上屋を架すまでもないね。『ダブル レインボウ』よりは進歩していると思うけど……。じっくり時間をかけて、しっかり頭を使って作ってください。
売り上げは芳しくなっかたんだっけ? しゃーないね。目先の数字に一喜一憂することはない。株屋じゃないんだし。この内容であれば、10年後、20年後には間違いなくアイドル・レア・グルーブ名盤として再評価されているはずさ。J-POPに関心のあるリスナーなら一聴して決して損はないと思う。
![]() | 想いあふれて (2009/01/21) 松浦亜弥 商品詳細を見る |
![]() | 松浦亜弥コンサートツアー2009秋~想いあふれて~ [DVD] (2009/12/23) 松浦亜弥 商品詳細を見る |
後藤時子さん
99年三女真希がモーニング娘。に合格して以降の時子さんの10年。
それはどんな人生だったんだろう?
早くに夫を亡くし、女手ひとつの居酒屋経営で地道に子供たちを守る日々。
平々凡々な日々。
そこに突然転がり込んだ娘の大成功。
真希の加入した「LOVEマシーン」一曲でモーニング娘。は
アメリカンドリームでもありえないような大復活劇を演じる。
しかし、姉を追うように芸能界に入った弟が問題を連発した。
そして弟の引退と同時期に姉の輝きも陰りを見せ始め……。
「興亡」つまり「栄光と衰退」を英語でrise and fall ofなんて 言うけど、
後藤家をまとめる立場の時子さんは、
まさにrise and fallを体言していた人生だったのではないだろうか?
非常に複雑な心境だ。言葉にまとまらない。
初期娘。における後藤真希の奇跡の軌跡に酔い痴れた者は決して少なくないはずだ。
身内であれば、より直接的な影響があっただろう。
しかし、パーティーは永遠には続かない。
「おあいそ」となった時、ヲタならば推しを代えればすむ事であるが、家族ではそうはいかない。
上昇/常勝の奇跡が止まった時、そこに起きたのは一体……
ここで、いや、ここからこそ、後藤の復活劇を見てみたい、
というのは強欲に過ぎるだろうか?
状況は極めて厳しいものに思える。
しかし、ここから奇跡の第二章の幕開けを見せてほしい。
強く生きてほしい。生きねばならない。
後藤真希がもう一度、笑顔で歌える日、それを願ってやまない。
□
謹んで後藤時子さんのご冥福をお祈りします。
それはどんな人生だったんだろう?
早くに夫を亡くし、女手ひとつの居酒屋経営で地道に子供たちを守る日々。
平々凡々な日々。
そこに突然転がり込んだ娘の大成功。
真希の加入した「LOVEマシーン」一曲でモーニング娘。は
アメリカンドリームでもありえないような大復活劇を演じる。
しかし、姉を追うように芸能界に入った弟が問題を連発した。
そして弟の引退と同時期に姉の輝きも陰りを見せ始め……。
「興亡」つまり「栄光と衰退」を英語でrise and fall ofなんて 言うけど、
後藤家をまとめる立場の時子さんは、
まさにrise and fallを体言していた人生だったのではないだろうか?
非常に複雑な心境だ。言葉にまとまらない。
初期娘。における後藤真希の奇跡の軌跡に酔い痴れた者は決して少なくないはずだ。
身内であれば、より直接的な影響があっただろう。
しかし、パーティーは永遠には続かない。
「おあいそ」となった時、ヲタならば推しを代えればすむ事であるが、家族ではそうはいかない。
上昇/常勝の奇跡が止まった時、そこに起きたのは一体……
ここで、いや、ここからこそ、後藤の復活劇を見てみたい、
というのは強欲に過ぎるだろうか?
状況は極めて厳しいものに思える。
しかし、ここから奇跡の第二章の幕開けを見せてほしい。
強く生きてほしい。生きねばならない。
後藤真希がもう一度、笑顔で歌える日、それを願ってやまない。
□
謹んで後藤時子さんのご冥福をお祈りします。
モーニング娘。「女が目立ってなぜイケナイ」レビュー
ああそう言えば、きちんとモーニングの新曲を聴いていなかったな、と気付き、マイミクさんの日記から飛んで、YOU TUBEでじっくり聴いてみた。
そう、かつてあれ程恋焦がれたモーニング娘。の新作リリース――初O.A.日を待ち焦がれラジオの前に正座して聴いたり、それでも我慢できず伝手を辿ってサンプル盤を入手し貪るように聴きまくったりした――は、ここ数年、僕にとって「ああそう言えば……」という存在になってしまっている。忘却に蝕まれつつあるぼんやりとした関心。別れた恋人の誕生日のようなものと言えばいいのか。しかし、真野のアルバムは傑作だったし、モーニングの前シングルもまずまずの出来だった。もしかしたら焼けぼっくいに火がつくだろうか? そんな期待をほんの微量だけ込めつつ今回の新曲に臨んだ。
まず最初に感じたのは、全体的にとっ散らかった印象だ。フラメンコとスビズバ・スキャットの残滓が見て取れないことはない。しかしトータルで何をやりたかったのか? 意図が見えにくい。
サウンドを言葉で外面的に綴るとすれば、モーニングの「3、2、1 BREAKIN'OUT!」――中期ビートルズ・サウンドをサンプリング以降の方法論で再解釈した、なかなかの佳作だと思う――からビートリッシュな要素を抜いて、往年のTV番組「カリキュラマシーン」(「ティンティンTOWN!」の原型か?)のオープニング曲(マイミクさんも指摘していたけど、確かに似ている箇所はあるね)を接合した感じ、とでも形容できるだろうか?
「カリキュラマシーン」においては、スキャットでスピーディーに歌われていたメロディが、ここではシンセとアコギに置き換えられており――随分と忙しいギターの奮闘にもかかわらず――ナンセンスのユーモアから来るグルーヴィーさは失われてしまっている。スピード感ではなく、ただ落ち着かない印象をもたらしているだけだ。そしてその慌てた感覚、座りの悪さはそのままサウンド全体の印象にもなっている。
一方で歌詞も記憶に残らない。ヴァース、コーラス、ブリッジ……どこにもキャッチーさを見出せなかった。
娘。たちのボーカルは魅力的に映える要素を持ち合わせていると思うが、サウンドとリリックスの両面において、この曲で彼女たちの持ち味を生かせているとは言えないように思う。
何かにトライしている感触は伝わってくるが、それが成功しているようには響いてこない。敢闘精神が先走っているという意味では、c/w向きの曲ではないだろうか。少なくともサビやイントロを鼻歌で口ずさみたくなるような気分にはならないのは確かだ。残念ながらマジックは感じない。
時間があれば、Buono! や真野恵里菜――外部スタッフをメインで起用した彼女たちは近年のハロプロにおける音楽的成功例だと思われる――の魅力と比較して書くつもりだが、ここ数年のつんくの作品は言葉にしづらく、非常に閉じた印象を受ける(余談になるが、アイドル・ポップスは言葉で描写しやすいものほど魅力的なものになるではないか? ということを最近考えている)。そうしたつんくの音楽的自閉性がそのまま出てしまった典型的な例だろう。
「ああそう言えば」からの脱却はまだまだ先のことかもしれない。
▲作詞作曲:つんく、編曲:鈴木Daichi秀行
そう、かつてあれ程恋焦がれたモーニング娘。の新作リリース――初O.A.日を待ち焦がれラジオの前に正座して聴いたり、それでも我慢できず伝手を辿ってサンプル盤を入手し貪るように聴きまくったりした――は、ここ数年、僕にとって「ああそう言えば……」という存在になってしまっている。忘却に蝕まれつつあるぼんやりとした関心。別れた恋人の誕生日のようなものと言えばいいのか。しかし、真野のアルバムは傑作だったし、モーニングの前シングルもまずまずの出来だった。もしかしたら焼けぼっくいに火がつくだろうか? そんな期待をほんの微量だけ込めつつ今回の新曲に臨んだ。
まず最初に感じたのは、全体的にとっ散らかった印象だ。フラメンコとスビズバ・スキャットの残滓が見て取れないことはない。しかしトータルで何をやりたかったのか? 意図が見えにくい。
サウンドを言葉で外面的に綴るとすれば、モーニングの「3、2、1 BREAKIN'OUT!」――中期ビートルズ・サウンドをサンプリング以降の方法論で再解釈した、なかなかの佳作だと思う――からビートリッシュな要素を抜いて、往年のTV番組「カリキュラマシーン」(「ティンティンTOWN!」の原型か?)のオープニング曲(マイミクさんも指摘していたけど、確かに似ている箇所はあるね)を接合した感じ、とでも形容できるだろうか?
「カリキュラマシーン」においては、スキャットでスピーディーに歌われていたメロディが、ここではシンセとアコギに置き換えられており――随分と忙しいギターの奮闘にもかかわらず――ナンセンスのユーモアから来るグルーヴィーさは失われてしまっている。スピード感ではなく、ただ落ち着かない印象をもたらしているだけだ。そしてその慌てた感覚、座りの悪さはそのままサウンド全体の印象にもなっている。
一方で歌詞も記憶に残らない。ヴァース、コーラス、ブリッジ……どこにもキャッチーさを見出せなかった。
娘。たちのボーカルは魅力的に映える要素を持ち合わせていると思うが、サウンドとリリックスの両面において、この曲で彼女たちの持ち味を生かせているとは言えないように思う。
何かにトライしている感触は伝わってくるが、それが成功しているようには響いてこない。敢闘精神が先走っているという意味では、c/w向きの曲ではないだろうか。少なくともサビやイントロを鼻歌で口ずさみたくなるような気分にはならないのは確かだ。残念ながらマジックは感じない。
時間があれば、Buono! や真野恵里菜――外部スタッフをメインで起用した彼女たちは近年のハロプロにおける音楽的成功例だと思われる――の魅力と比較して書くつもりだが、ここ数年のつんくの作品は言葉にしづらく、非常に閉じた印象を受ける(余談になるが、アイドル・ポップスは言葉で描写しやすいものほど魅力的なものになるではないか? ということを最近考えている)。そうしたつんくの音楽的自閉性がそのまま出てしまった典型的な例だろう。
「ああそう言えば」からの脱却はまだまだ先のことかもしれない。
▲作詞作曲:つんく、編曲:鈴木Daichi秀行
![]() | シングルV「女が目立って なぜイケナイ」 [DVD] (2010/02/24) モーニング娘。 商品詳細を見る |
![]() | 女が目立って なぜイケナイ(初回限定盤A)(DVD付) (2010/02/10) モーニング娘。 商品詳細を見る |
P.I.L.再結成ライブ Death Disco (Swan Lake)
P.I.L.昨年末の再結成ライブがかっけー。
昨年末「ジョン・ライドン、PIL再結成でまたもや金儲け」なんて記事が出ていて、気になっていたが……
気になるパーソネルは、
ロバート・エドモンズ(G.)
スコット・ファース(b.)
ブルース・スミス(Ds.)
となっている。
やはりギターとベースが気になる。
P.I.L.サウンドのオリジナリティそのものと言っていいキース・レヴィンとジャー・ウォーブルではない。
しかし、アップされた動画を鑑賞すると、エドモンズのギターは、なかなかキース・レヴィンしていて良い。
ソリッドでメタリック。覚醒しつつ空間を切り裂く攻撃性。
しかし、その怜悧で鋭利な刃は自らにも向けられる、危ういそれ。
さらにモノトーンな色合いなら、なお良し。
多少音色出してさばいている箇所があり、そこにエドモンズの凡庸さを感じる。
まぁ、それはそれで愛らしい。
ベースはもう少し太い音でブリブリしてほしいところ。弱い。
ジャー・ウォーブル幻想再燃。
『メタル・ボックス』発売時、ライドンは、雑誌(おそらく『音楽専科 』だったと思う)に
「『メタル・ボックス』は低音が重要なんだ。日本のファンには是非大音量で低音を楽しんでほしい。
日本人の木の家を揺らすほどのね」(大意)とコメントしていた。
ドラムは原曲に忠実ではあるが、やはりところどころブルース・スミスしてる。
オカズで「とっとっとこ」と前のめり・つんのめリズムする箇所など。
どうしてもポップグループ、リプリグを想起してしまう。
そしてボーカル。
ジョン・ライドンの呪詛するようなボーカルは、往年の迫力を感じさせ、率直に言って素晴らしい。
かつてビートたけしのボーカルに似てるなんていう指摘もあったな。
たけしは「よく知らないんだけど」と言っていた。
それは声を腹から出せない素人ボーカルの魅力だ。
腹から出していないので喉で音程音圧を調整する、その際の微妙な非音楽的効果の妙。
訓練を積んでしまったプロなんぞには出せない魔力。
その最高峰ではないかと。
ちなみに、『メタル・ボックス』缶入りアナログ版はリリース直後に購入した。
「ロッキング・オン」の通販部みたいなところで購入した記憶がある。
45回転とはいえ三枚組アルバムなので、輸入盤屋での相場は1万円近くだったと思う。
貧乏高校生にとっては御座なりに出来ない金だ。
そこで各洋楽雑誌に掲載されている輸入番屋での『メタルボックス』の価格を徹底比較したところ、
最も安かったのが「ロッキング・オン」の通販部。
サービスが良かったので(電話応対がよく、また約束の期日よりも前に届いた)、その後、
そこを通して岩谷宏の本なども購入した。
『メタル・ボックス』はまだ書斎にある。
収納が上手く出来ないアイテムなので、どうしても目立つところに置く他はなく。
配置場所は変わったとは言え、書斎の一角から常にこちらの動向を見つめていたのか、30年間……。
それにしても、この音ならこれからもジャンジャン稼いでほしいものだ。
(96年のピストルズ初来日は酷かった……)
『PLASTIC BOX』でも聴いてみるか。
昨年末「ジョン・ライドン、PIL再結成でまたもや金儲け」なんて記事が出ていて、気になっていたが……
気になるパーソネルは、
ロバート・エドモンズ(G.)
スコット・ファース(b.)
ブルース・スミス(Ds.)
となっている。
やはりギターとベースが気になる。
P.I.L.サウンドのオリジナリティそのものと言っていいキース・レヴィンとジャー・ウォーブルではない。
しかし、アップされた動画を鑑賞すると、エドモンズのギターは、なかなかキース・レヴィンしていて良い。
ソリッドでメタリック。覚醒しつつ空間を切り裂く攻撃性。
しかし、その怜悧で鋭利な刃は自らにも向けられる、危ういそれ。
さらにモノトーンな色合いなら、なお良し。
多少音色出してさばいている箇所があり、そこにエドモンズの凡庸さを感じる。
まぁ、それはそれで愛らしい。
ベースはもう少し太い音でブリブリしてほしいところ。弱い。
ジャー・ウォーブル幻想再燃。
『メタル・ボックス』発売時、ライドンは、雑誌(おそらく『音楽専科 』だったと思う)に
「『メタル・ボックス』は低音が重要なんだ。日本のファンには是非大音量で低音を楽しんでほしい。
日本人の木の家を揺らすほどのね」(大意)とコメントしていた。
ドラムは原曲に忠実ではあるが、やはりところどころブルース・スミスしてる。
オカズで「とっとっとこ」と前のめり・つんのめリズムする箇所など。
どうしてもポップグループ、リプリグを想起してしまう。
そしてボーカル。
ジョン・ライドンの呪詛するようなボーカルは、往年の迫力を感じさせ、率直に言って素晴らしい。
かつてビートたけしのボーカルに似てるなんていう指摘もあったな。
たけしは「よく知らないんだけど」と言っていた。
それは声を腹から出せない素人ボーカルの魅力だ。
腹から出していないので喉で音程音圧を調整する、その際の微妙な非音楽的効果の妙。
訓練を積んでしまったプロなんぞには出せない魔力。
その最高峰ではないかと。
ちなみに、『メタル・ボックス』缶入りアナログ版はリリース直後に購入した。
「ロッキング・オン」の通販部みたいなところで購入した記憶がある。
45回転とはいえ三枚組アルバムなので、輸入盤屋での相場は1万円近くだったと思う。
貧乏高校生にとっては御座なりに出来ない金だ。
そこで各洋楽雑誌に掲載されている輸入番屋での『メタルボックス』の価格を徹底比較したところ、
最も安かったのが「ロッキング・オン」の通販部。
サービスが良かったので(電話応対がよく、また約束の期日よりも前に届いた)、その後、
そこを通して岩谷宏の本なども購入した。
『メタル・ボックス』はまだ書斎にある。
収納が上手く出来ないアイテムなので、どうしても目立つところに置く他はなく。
配置場所は変わったとは言え、書斎の一角から常にこちらの動向を見つめていたのか、30年間……。
それにしても、この音ならこれからもジャンジャン稼いでほしいものだ。
(96年のピストルズ初来日は酷かった……)
『PLASTIC BOX』でも聴いてみるか。
![]() | Plastic Box (2009/12/22) Public Image Ltd. 商品詳細を見る |
![]() | Metal Box (Vinyl Replica Edition) (2009/12/22) Public Image Ltd. 商品詳細を見る |


![松浦亜弥コンサートツアー2009秋~想いあふれて~ [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ljNuF5gcL._SL160_.jpg)

![シングルV「女が目立って なぜイケナイ」 [DVD]](image/noimage.gif)


![松浦亜弥コンサートツアー2009秋~想いあふれて~ [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B002UGMFK0.09.MZZZZZZZ.jpg)

![シングルV「女が目立って なぜイケナイ」 [DVD]](http://blog74.fc2.com/image/noimage.gif)


![マッシュ [Blu-ray]](http://images.amazon.com/images/P/B002HQOH0Y.09.MZZZZZZZ.jpg)
![ロング・グッドバイ [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B0011GIEJQ.09.MZZZZZZZ.jpg)







![Gal Costa (N醇Io Identificado) [12 inch Analog]](http://images.amazon.com/images/P/B001FTWAYO.09.MZZZZZZZ.jpg)











![KIRINJI TOUR 2003@日本武道館 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B00016ZQHK.09.MZZZZZZZ.jpg)


![KIRINJI PREMIUM LIVE 2007 at 日比谷野外大音楽堂 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B000XQ9I90.09.MZZZZZZZ.jpg)








![ぁまのじゃく [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B002XQTUVE.09.MZZZZZZZ.jpg)








![シングルV「Love&Peace=パラダイス」 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B002OKTA00.09.MZZZZZZZ.jpg)
![シングルV「はじめての経験」 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B001WAHW8K.09.MZZZZZZZ.jpg)







